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税金とは

今回の新着情報は、新年第一回目でもありますので原点回帰し、そもそも税金とは何か、税の歴史を振り返り考察していきます。

 

税金を広辞苑で引くと、「税金は租税として納める金銭」と定義されています。税金よりも馴染みのない「租税」と書かれてありますが、租税とは、貢物(年貢)という意味や、国又は地方公共団体を円滑に運用していくために法律に基づいて国民や住民から強制的に徴収するものになります。ですから、国民や住民から租税を徴収しないと国家が成り立たない事は自明の理ですね。

 

日本の税金の歴史ですが、古くは今を遡ること1,800年3世紀の卑弥呼の邪馬台国時代には既に「租賦を収む」とあり、食べ物などを集めていたことが魏志倭人伝に記されております。次に、7世紀の大化の改新で、公地公民制が導入され、それまで豪族などが支配していた領土や人民を国が支配することになりました。701年の大宝律令では、班田収授法により、民に田を分け与える代わりに租・庸・調・雑徭といった税や労役をする事になりました。平城京の奈良時代に入り、税制の立て直しを図るため743年に墾田永年私財法が制定されましたが、結果的には貴族や豪族たちに土地を私有化され荘園が生じることになりました。11世紀平安時代には、荘園の領主に年貢、公事などの税を納めるようになりました。鎌倉時代には、商業や工業を営む人が集まってつくった「座」に対し、座役という税金が課されました。また室町時代には、関所を通過する際に関銭として税金を課しました。戦国時代に入り、天下を統一した豊臣秀吉が有名な太閤検地を行い、農地の広さや収穫高を調べ、適正に年貢を納めるように改革が行われました。この頃の税率は、二公一民であったので、税負担率が67%になり、現在が40%程ですので、かなり負担が重かった事が伺われます。

江戸時代に入ると、五公五民や四公六民というように税率は引き下げられました。明治になると、1873年に地租改正が行われ、全国の土地価格を定め、地価の3%を地租として徴収しました。また、法人税、所得税が導入されたのも明治になります。当時所得税は、高収入の人だけに課税されており、所得税納税者は全人口の0.3%だけであったようです。相続税が導入されたのは大正時代になります。昭和に入ると、源泉徴収制度が導入されました。1946年に日本国憲法ができ、国民の三大義務として納税の義務が挙げられております。平成の世になり、1989年に消費税が導入され、導入当初は3%、8年後に5%、その7年後に8%に引き上げられ、次は10%に引き上げられる予定ですね。

 

駆け足で税金の歴史を見て参りましたが、その時々の時世に応じて課税制度が変わって現在に至っている事が伺われます。ただ、変わっていないのは、国家を運営していくためにはその財源として人民から税金を徴収する必要があるという事であり、人民は当然に税金を納める必要があり、国家は人民が一所懸命に働いて納税した税金により成り立っているという事を十二分に意識し、適正に国家を運営していく必要があり、自覚する必要があります。税金を投入して開催される国会などで、枝葉末節のくだらない舌戦など目にすると、慷慨憤激であります。

 
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